共創的リハビリテーション・プラットフォームの構築を目指して

 リハビリテーションを身体的イメージの再形成を伴う学習プロセスと捉えると、患者の知覚と運動の関係を理解することが重要となります。 知覚と運動の機能的関係を議論する代表的な学問領域として、認知科学や神経心理学が挙げられます。認知心理学は、脳の情報処理を計算機の機能や入出力関係として捉えるアプローチであり、知覚された情報が認知的処理を介して運動として出力されるプロセスのモデル化などが議論されています。また、神経心理学は、脳の構造や機能に着目し、高次脳機能障害などの症候との関連を分析・理解しようとするアプローチです。 
 一方で、知覚や運動を身体と環境との相互作用の中で創発されるものとして捉える生態心理学という分野があります。生態心理学では、知覚と運動を不可分の関係とみなし、身体的イメージは知覚と行為の循環的プロセスによって形成されると考えられています。 
 リハビリテーションにおいて、患者がセラピストから一方的に課題を提示されるだけの訓練では、患者自身が学習すべき情報と課題との関係を十分に理解できない可能性があります。そのため、患者とセラピストが課題に内在する認知的問題を共有し、患者が知覚すると想定される情報に対して仮説を立て、検証を行いながら、相互的に課題を調整していく共創的なリハビリテーションの実現が重要となります。 
 本研究室では、患者と環境との相互作用のメカニズムを数理モデルとして記述・再現する計算論的アプローチの確立を目指すとともに、構築したモデルを用いて仮説検証的に患者の認知特性を分析し、そのメカニズムの理解や新たな評価指標の確立を目指しています。さらに、これらの知見に基づき、患者・セラピスト・システムが相互作用する中で新たな知見や実践を創出する、共創的リハビリテーション・プラットフォームの社会実装にも取り組んでいます。 具体的な研究課題として、マルチモーダルセンシングシステムに関する研究開発、ロボティック・リハビリテーション支援システムの構築、認知モデリングに基づく患者シミュレーションの開発などを行っています。 

 リハビリテーションの評価は、セラピストが個々の経験に基づいて行うことが多く、知識や経験の共有が難しいことが課題となっています。本研究室では、リハビリテーションに関する多様な分野の知見を取り込みながら、AI技術、計測技術、ロボット技術などを活用し、知識や情報の構造化を目指すエコシステム・プラットフォームの構築に取り組んでいます。このような概念を「計算論的システムリハビリテーション」と呼びます。
 計算論的システムリハビリテーションでは、計測、モニタリング、特徴抽出、患者モデルの生成、ペルソナ解析、リハビリテーションプログラムの作成、訓練と評価の実施といった各プロセスを段階的に統合し、必要とされるデータや情報の粒度に応じたシステムを体系的に構築します。さらに、計測や特徴抽出、患者モデルの生成において機械学習やデータマイニング技術を応用することで、形式知の抽出を可能とします。また、それらの知識やデータを活用し、セラピストの経験や観点を取り入れながらリハビリテーションプログラムの設計や訓練支援を行うことで、新たな観点に基づく評価の実現を目指します。
 このように、患者、セラピスト、環境を一つのシステムとして捉え、継続的な知識創発と実践を促す「場」を創出することが、計算論的システムリハビリテーションの目的であり、本研究室が目指す共創的リハビリテーションの基盤概念となります。


運動・認知機能を捉えるマルチモーダルセンシング

 姿勢は、機能的観点から静的姿勢と動的姿勢に分類されます。動作は、複数の姿勢遷移によって構成される目的指向的な身体運動であり、全体として特定の運動様式を形成します。
 本研究室では、複数台のスマートデバイスを用いた三次元動作計測システムの研究開発や、没入型バーチャルリアリティ(VR)システムを活用したマルチモーダルセンシングシステムの構築、動作パターンの抽出および動作生成に関する基礎研究に取り組んできました。
 三次元動作計測システムの研究開発では、二次元骨格検出ライブラリを実装した複数台のスマートデバイスを用い、関節角度推定に基づく三次元姿勢推定と各カメラの位置推定を同時に行う手法を提案しています。具体的には、人の姿勢を表現可能な運動学モデルと進化計算を適用し、各カメラで検出された骨格情報に対して、モデルの姿勢が近似するよう関節角度を最適化し、姿勢を推定しています。
 没入型VRシステムを用いた研究開発では、仮想空間における動作計測を目的として、視線計測、注視対象物体の検出、頭頚部・体幹・手部の姿勢計測を統合したマルチモーダルセンシングシステムの構築を行っています。これにより、注意機能の特性評価や無視領域の特定を目的とした、仮想空間内で体験可能な視線探索課題を開発しました。
 各システムによって計測・推定された姿勢や動作に基づき、時空間的なパターンを抽出するため、自己増殖型ニューラルネットワークを用いた学習アルゴリズムの提案も行っています。抽出された動作パターンは、高齢者や患者の動作解析への応用に加え、進化計算における初期探索点としても活用可能であり、姿勢推定と動作パターン抽出を相互に活用することで、探索効率の向上を目指した構造化学習手法へと展開しています。


患者理解のための認知モデリングに基づく構成論的アプローチ

 生態心理学の分野では、人間の知覚と行為は密接に関連しており、身体的イメージは知覚と行為の循環的プロセスによって形成されると考えられています。このような認知過程は「知覚−行為循環」と呼ばれます。特に、注意と予期性は知覚−行為循環において重要な役割を果たすことが指摘されています。例えば、どこに注意を向けるかは予期性に基づいており、この循環的プロセスの破綻は注意の偏りや乱れとして現れます。また、意図は提示された課題に対して現在のタスクフェーズを判断し、次の行為を決定する上で重要なプロセスです。
 本研究室では、高次脳機能障害の一つである半側空間無視(以下、USN)を対象とした認知モデリングを行っています。USNは片側空間への注意が困難となる症状であり、主に右半球損傷後に生じる高次脳機能障害の一つで、約4割の患者にみられると報告されています。USNの評価には、線分抹消試験や模写試験などの机上検査や、行動観察を含むBehavioural Inattention Test(BIT)が用いられますが、主に紙面上の無視を対象とするため、三次元空間における無視の評価が困難であることが課題となっています。
 そのため本研究では、没入型ヘッドマウントディスプレイやマーカレスモーションキャプチャを活用し、三次元VR空間上で無視領域の評価が可能なシステムの開発を行っています。患者と環境との相互作用は、頭頸部や体幹の姿勢変化、眼球運動などを通じて生成されるため、これらを計測・分析・評価することで、USN患者特有の空間認知特性の把握につながると考えられます。さらに本研究では、生態心理学の知見に基づき、患者の認知過程を計算論的にモデル化するとともに、空間認知をシミュレート可能な認知アーキテクチャの構築を目指しています。